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米子城 2019.3.23 [鳥取県]

2019年3月23日(土)。米子空港には定刻10時50分着のところ5分程度遅れて到着。バスでANAクラウンプラザホテル米子前で下車(11時35分)。昼食後、小雨のなか、米子市ウェブサイトで入手していたガイドマップを頼りに米子城へ。

①まず、三の丸。現在、米子市営湊山球場となっている三の丸跡から湊山山麓の二の丸石垣、山頂(90m)の本丸石垣を撮影。(追記:2020年9月22日をもって湊山球場は廃止、発掘調査を経て米子城跡三の丸広場に生まれ変わることに。)

米子城002二の丸石垣.jpg

米子城は、応仁の乱の頃に山名宗之が飯山に砦を築いたのが始まりと伝えられ、1591年に月山富田城に入った吉川広家が新たな居城として湊山に石垣造りの近世城郭を築きはじめ、関ヶ原の戦い後に伯耆の領主となった中村一忠により1602年に完成したとされる。その後、因幡・伯耆の領主となった池田氏の支城として建物は維持されてきたが、明治維新後、売却・取り壊された。湊山は払下げ後変遷を経て1933年に坂口家から米子市に寄付され湊山公園となり、2006年に城跡主要部分が国史跡に指定された。

②二の丸へ。枡形虎口を通り旧小原家長屋門(1953年移築:市指定文化財)を抜けると市営湊山庭球場となっている。二の丸側から枡形虎口を撮影。

米子城108二の丸枡形虎口.jpg

③二の丸から内膳丸へ。北に突き出ている尾根上(丸山)に内膳丸がある。内膳丸から本丸を見上げて撮影。

米子城113内膳丸より本丸.jpg

④登り石垣。内膳丸を下り本丸に向かうあたりに登り石垣がある。

米子城115本丸への登り石垣.jpg

⑤本丸へ。番所跡から天守台、四重櫓台を撮影。「続100名城公式ガイドブック」の表紙カバーに採用されている撮影スポット。天守台側の石垣が多重構造となっている一方、四重櫓台側は突出した配置となっており、ハーモニーが美しい。

米子城121本丸北東面.jpg

⑥鉄門跡。右側が四重櫓台で、このあたりは幕末に切込接に改修されている。

米子城135鉄門.jpg

⑦四重櫓台。天守台跡から撮影(南東側)。

米子城138天守台より四重櫓台.jpg

⑧天守台から、北側に突出している遠見櫓台、内膳丸を撮影。左側(西側)は中海。

米子城142天守台より遠見櫓台、内膳丸.jpg

⑨水手御門跡。本丸を西に降りて行き水の手御門跡へ。この下に水手御門下の郭跡がある。

米子城147水手御門.jpg

⑩下山。本丸からの下りは9号線側へ。

米子城157四重櫓前虎口.jpg

⑪9号線を横断して飯山へ。その後、市立山陰歴史博物館で米子城跡ガイドマップ、続100名城スタンプ、さらに「米子城絵図面」(資料集)を入手。ここには、天守と四重櫓の模型が展示されている。

米子城159市立山陰歴史館の模型.jpg

このあと、14時50分のJRスーパーまつかぜに乗車し鳥取城に向かう。

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