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武田氏館 2019.10.9 [山梨県]

武田氏館(たけだしやかた)は国史跡としての名称で、通称としては躑躅が崎館(つつじがさきやかた)、あるいは、武田神社(1919年、主郭部分に創建)とも呼ばれる。武田氏三代(信虎1519年建設、信玄、勝頼1581年新府城へ移転)の居館ではあるが、武田氏滅亡後も甲府城築城までは、織田・徳川・豊臣系の領主が居館として改修・利用した。

2019年10月9日(水)甲府駅北口から13時発のバスに乗り一路北東に向かい「武田神社」バス停で13時8分下車。近くの蕎麦カフェで昼食後、2019年4月にオープンした信玄ミュージアム(甲府市武田氏館跡歴史館)へ。特別展示室は有料(300円)だが、最近の発掘調査などの成果に基づく映像上映や遺物展示などされており見応えはある。信玄ミュージアムから武田氏館東側へ向かい大手門前へ。

①惣堀手前から大手門東の惣堀北虎口と土橋を撮影。大手門前の東区域は発掘調査済みであり、土塁・惣堀・土橋の遺構が整備されている。

武田氏館006大手前惣堀土橋.jpg

ここから西に進むと大手石塁、大手門跡となる。

②惣堀土塁上から大手門前の大手石塁を撮影。大手門前には、発掘調査により復元されたコの字形(馬出)の大手石塁(上部に何らかの建物があった可能性を調査報告書では推測)があり、豊臣系の加藤光泰時代(1590~1593)のものと推測されている。この真下には、武田氏時代の三日月堀の遺構が確認されている。

武田氏館002大手馬出.jpg

大手門跡から主郭へ入り、武田神社宝物殿へ(拝観料300円)。武田家ゆかりの鎧・兜・太刀など展示されている。

③主郭から西曲輪への虎口・土橋を撮影。西曲輪は、信玄の嫡男義信の婚姻に際し増築されたとされる。

武田氏館009主郭から西曲輪へ.jpg

④西曲輪から主郭北西隅を撮影。主郭北西隅には、豊臣系領主時代に造られたとされる天守台があるが非公開のため、西曲輪側から撮影したが良くわからない。北側の標高が高くなっているため堀の水はほとんどない。

武田氏館012主郭北西隅 (2).jpg

⑤西曲輪内から西曲輪北虎口を撮影。門が二重となる[]型枡形虎口である。石積みは、豊臣系領主時代のものか。

武田氏館014西曲輪北虎口 (2).jpg

⑥西曲輪北虎口前の馬出(発掘調査中か埋戻中か?)と味噌曲輪土塁を撮影。味噌曲輪は、西曲輪の北にあり、土塁で囲まれている。

武田氏館017味噌曲輪.jpg

⑦西曲輪内から西曲輪南虎口を撮影。北虎口と同様の構造。現在残っている石積みは豊臣系領主時代のものとされる。発掘調査により武田氏時代の門礎石が検出されたとのこと。

武田氏館020西曲輪南虎口 (2).jpg

⑧バス停から主郭・西曲輪の南堀を撮影。南側の堀は水量が多い。武田神社の入口の橋も南側に架けられている。

武田氏館024西曲輪南水堀.jpg

武田氏館滞在は1時間22分で、武田神社発14時30分のバスで帰路についた。



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