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和歌山城(1) 2023.2.27 [和歌山県]

20232月後半、紀伊半島の海岸線沿いに和歌山城→新宮城→赤木城を訪れる。都内から新幹線で新大阪駅、新大阪駅から特急くろしお11号で和歌山駅へ。和歌山駅からは和歌山バスに乗り市役所前で下車して和歌山城跡へ。「和歌山城石垣散策マップ」によると、豊臣・桑山期(15861600年)の結晶片岩を用いた野面積み、浅野期(16001619年)と徳川期(16191869)の和泉砂岩を用いた打込み接(は)ぎ、徳川中期の切込み接ぎ(砂岩、一部花崗斑岩)と様々な種類と積み方の石垣が残っている。
①北堀端から御橋廊下(2006年再建)と天守(1958年再建)。
和歌山城1002御橋廊下.jpg
手前の石垣は、左側が二の丸、右側が西の丸。二の丸が堀を埋めて西へ拡張されたのは徳川期なので石垣もその頃のもの。和歌山城は、標高48.9mの虎伏山頂上部に本丸と天守曲輪、麓の北側に西の丸・二の丸、東側に下の丸・蔵の丸・岡口門枡形、南側に南の丸・砂の丸、西側に砂の丸を配置する構造となっている(曲輪名称は和歌山市『史跡和歌山城整備計画報告書』2017年による)。
北堀に沿って東進。
②北堀東端の大手門(1982年再建)。高麗門形式の大手門から下の丸へ入る。
和歌山城1006大手門.jpg
③下の丸を南進。右側は二の丸石垣、この先を右折して枡形虎口の一中門跡へ。
和歌山城1011下の丸.jpg
④一中門跡を南側(蔵の丸)から撮影。手前の櫓門跡の左右の石垣は花崗斑岩を用いた切込み接ぎによる亀甲積み。
和歌山城1015一中門跡.jpg
⑤蔵の丸を南進。右側の山裾の石垣は野面積み、右奥の表坂を登ると松の丸→本丸・天守曲輪だが、それは後にして、南進して枡形虎口の岡中門跡から岡口門枡形へ入る。
和歌山城1018蔵の丸.jpg
⑥岡中門跡を南側(岡口門枡形)から撮影。左側は松の丸櫓台石垣で隅角部は花崗斑岩を用いた切込み接ぎ。蔵の丸は南北を枡形虎口によって防御する構造となっている。高台の松の丸櫓は司令塔的存在だったと思われる。
和歌山城1024岡中門跡.jpg
⑦岡口門。城の南東側の入口で浅野期の途中まで大手門だった。現在残る櫓門は1621年に建てられたもので重要文化財。それにしても右側のマツは剪定しているのだろうか。
和歌山城1031岡口門.jpg
⑧東堀端から岡口門北側土塀と天守。土塀は黒ずみ、岡口門自体は樹木で隠れている。このままではそのうち天守も樹木に隠れてしまうかもしれない。
和歌山城1034東堀から天守.jpg
蔵の丸へ戻り表坂を登る。
⑨表坂。下側の石垣は野面積みだが、上側は松の丸櫓台からの続きで徳川期に切込み接ぎに改修されたようだ。
和歌山城1043松の丸へ表坂.jpg
⑩松の丸を西進。松の丸は本丸南下の中腹道で、この先に本丸表門があった。右側の山裾は野面積みとなっている。
和歌山城1049本丸南下石垣.jpg
⑪表門跡を右折すると野面積み石垣に囲まれた谷底のような枡形空間に入る。
和歌山城1054本丸表門枡形.jpg
⑫さらに折返して天守一の門跡を通り天守下の段へ。
和歌山城1056天守一の門跡.jpg



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